クリスマスメッセージ
西暦1800年のクリスマス・イブに
―社会的混乱期に生まれた修道会―
イエズス・マリアの聖心会
管区長 千原通明
西暦1800年12月24日、フランスのポワチエにあった民家の小さな部屋で降誕祭ミサが捧げられました。そこでマリー・ジョセフ・クードラン神父、マザー・アンリエット・アイメールとその同志が修道誓願を宣立し、イエズス・マリアの聖心会が誕生しました。それは、フランス革命後の混乱のまっただ中のことでした。
1789年から1799年まで続いたフランス革命は別名「市民革命」とも呼ばれ、世界史の中では絶対王政の終焉と市民権の獲得など肯定的に捉えられていますが、カトリック教会にとっては大変な迫害の時でした。多くの司祭が捕らえられギロチンの処刑を受けたり、聖堂や祭具が荒らされたりするなどしました。そんな中、1792年にクードラン神父はパリ市内のある大学の図書室で密かに司祭に叙階され、農民の格好をして潜伏しながらの活動を始めました。しかし、捕らえられることを恐れて5ヶ月間、ラ・モッテ・デュッソーという田舎の農家の屋根裏部屋に潜伏していたのですが、まさにその時に男子と女子が共に歩む修道会のビジョンを得て、再び外に出て活動を再開し、ポワチエでアンリエットに出会います。
アンリエットは裕福な家庭で育ちましたが、革命勃発後何人かの司祭たちを自宅にかくまっていたとして母親と共に1793年に捕らえられ11ヶ月もの間投獄されました。釈放後の彼女はイエスの聖心の信心会に入会し1794年に霊的指導司祭のクードラン神父に出会います。そして仲間の女性たちと信心会から独立して1800年10月20日に初誓願を立て修道者となりました。そして、そこにクードラン神父も加わり、同年12月24日の降誕祭の中で、アンリエットは終生誓願を、クードラン神父は初誓願を立て、イエズス・マリアの聖心会が生まれたのです。しかし、修道会としての表だった活動は革命が終わった後もできずに、聖体礼拝と祈りを捧げる日々が続きました。ようやく会が正式にローマ教皇によって認証されたのは1817年のことでした。それから会員たちの活動域は拡がり、ヨーロッパ各地を始め、ハワイ諸島、北米と南米にまで、20世紀にはアジアまで宣教師たちが送られていきました。
同時期にフランスで生まれた修道会に聖心会(聖心女子大学のシスター方の会)があります。いずれも人々が信仰の大きな危機に直面し、教会も迫害をひどく受けていた時に、イエスの聖心(みこころ)を中心に信仰を守ろうとしたのです。逆に言えば、大きな混乱と迫害の中で拠り所となったのがイエスの聖心でした。
いまの日本のわたしたちは、信教の自由が憲法で確保され、安心して信仰生活を送ることができています。が、目には見えない信仰の大きなチャレンジを受けているのではないでしょうか。コロナ禍で教会の基盤が揺り動かされ、また、世界各地で起こっている紛争で心が震えています。クードラン神父とマザー・アンリエットが祝った1800年12月24日の降誕祭に思いを馳せ、どのような混乱にあっても静かに眠る幼子イエス の小さな聖心を見つめ、その安らかな息づかいが聞こえますように祈ります。
▼ク―ドラン神父とマザー・アンリエット