司祭叙階式とセブ島巡礼 道中記

司祭叙階式とセブ島巡礼 道中記

3日と4日(10月20日と21日)
鹿島教会 田邊久義

司祭叙階式のミサは、入道の歌「ECCE SACERDUS」からはじまりました。よく練習された聖歌隊の歌声が式の中で堂内に響き渡り、天まで届けと言わんばかりでした。
私が、一番感動したのは、「手の聖別式」です。新司祭が、司教様から洗っていただいた手を白い布で縛られ、それをお母さんの目の前に差し出して、お母さんがその白い布をほどく場面です。その後、新司祭はみんなの方を向いて高々と両手を上げ、そしてお母さんと抱き合いました。式の意味もよく分かりませんでしたが、多分次のような母親と息子の気持ちではなかったかと私の勝手な思いです。
新司祭は「私は、神様が呼んでくださったから。これからは司祭として、人々のために働くから、お母さんも頑張って生きてください。」お母さんは「分かった。お前の道を行きなさい、全ては神様のみむねだから。」と言っているようでした。一寸の静けさの後、大きな拍手がわき起こりました。

祝賀会では、本間管区長様の祝辞で、「フィリピンと一緒にこれからも歩んでいきましょう。」と述べられ、余興では、インドネシアのポトポトダンスがルスニー神父様のリードで行われました。壇上には、新司祭、本間管区長様、ワルヨ神父様、十数人が上がり、軽快なリズムに乗って踊り、その場を盛りあげました。

セブ島では、なんと言っても「サント・ニーニョ」ですね。
サント・ニーニョの前に立ち、まずは、ここに来られたことを感謝して、「願いことが叶う」というので、ある事が解決する様に祈りました。その後のミサは、ワルヨ神父様の司式でしたが、説教の中で、神父様は「サント・ニーニョの眼をジーと見つめ、祈りました。」と、そう言えば私は、目を合わせなかったなー。それどころか、戒めの「ひどい下痢症状」の罰をいただきました。深く反省しています。帰国後に行った病院の医者も「何かに当たったのだな」と。はい、バチに当たりました。
ミサの終わり頃、オカリナの音色が、聞こえてきました。
なんとワルヨ神父様の演奏でした。心洗われる気持ちになり、無事帰路につくことが出来ました。

今回の巡礼では、何よりも、妻節子の父親(小田立身)のために、フィリピンで御ミサを捧げてくださったことが、一番の喜びとなりました。彼は、昭和20年にルソン島で戦死したとされ、靖国神社に合祀されています。
参加メンバーにも恵まれ、天気も良く、実り多い巡礼となった事、感謝します。